随筆



伝説の英雄ポロネーズ


 突然ですが、、 「世界一の演奏」 って聴いたことある?

 私はある、  間違いなく世界一と思える演奏を聴いたことが。


 そこに待っていたのは 「感動」 だった。
 以下は それにまつわる伝説の英雄を 回想したものである。


          ※


 あれは数年前、、

 私がすでに作曲家を志していた頃のはなし、
 父親の関係で とあるサロンに赴いた日の出来事だった。


 閑静な住宅街、
 あたりはのどかで 空気が普段より ゆったりながれているように感じる。
 サロンはそんな中にあった。


 いわゆる金持ちの娯楽みたいなモノだろう。


 クラシック音楽が なによりの大好物といった ジイ様が
 自分の家を防音改造し 室内音楽を楽しめるような空間にして、
 頻繁に催しモノを提供するという いわゆる音楽サロンを作ったのであった。

 まぁ そこに集まる人間てのも大体 決まっていて
 ジイ様の知り合いや仲間、  皆クラシック好きの輩なのである。

 見たところ年齢層は高く、暇があって「趣味がクラシック鑑賞です」 って感じの
 つまり、中流階級以上のニオイがするジジババが 客の大半なワケだ。


 一見 普通に見える部屋には およそ20人以上は座れる程の椅子が並べてあり、
 壁には主催者であるジイ様と その奥さんが描いたであろう絵や書といった芸術が
 所狭しと掛けられている。  そこに平然とヤマハのグランドピアノが置いてあるのだった。

 外は良い天気だ。 日が照っているのがカーテン越しの窓からも分かる。
 客の多くが知った顔なのだろうか、 そこに緊張感はまるでない。

 その場には合わない いささか怪しい風貌をした私は
 なるべくまわりに不快感を与えぬよう、すぐに席につく。
 前から2,3番目だったか、、 まぁ言うなればS席。
 勿論 チケットなんて物はないが、、。

 その日の催し物は どこぞの音楽大学のピアノ科の先生を招いて
 ベートーヴェンの「月光」を解説していただこう という企画なのであった。

 クラシックの歴史は長く、その演奏も同じようで多種多様、
 時代によっての主流、流行りの演奏というものも当然存在する。

 そういった 今昔の解釈の違いを お話とともに実演してくださる先生は
 まぁ 若くは無い いわゆるオバハンの風貌のピアニストだったが、
 ナカナカ楽しく ためになる講義だった。

 終始 楽しい音楽会といった感じで 時は過ぎていった。

 そこまでは よかった。

 このとき、 これから起こるコトを誰が想像しようか。。


          ※


 先生の演奏が終わると、  客と先生との談話が始まった。
 いわゆる質問コーナーである。 そんなシャレたものではないが。

 歴代の有名ピアニストの名なんかを挙げ、 各々が自由に質問を繰り出す。
  
 ・・・っが いかんせん やり取りが遅い。 テンポで言えばアダージョである。
 司会が締めくくる体勢に入ってから、 挙手するジジイが後を絶たない。

 尿意を伴うイライラから 私は一刻も早くその場を去りたかった。

 私は 「先生、 楽器変革時におけるベートーヴェンの強弱記号の捉え方とは・・・」
 などとは まちがっても質問しようとは思わなかった。

 とりあえず全ての過程が やっとこ終了、   さぁ お開きだ、 ってその時、、

 ・・・ なにやら 客席がゴソゴソ騒がしいのだ。。  ???

 「〜せっかくだから、、」 「、、弾きなよ、、」  ・・・ と かすかに聞こえた。

 すると ひとりのオッサンが いつのまにかピアノの前に出てきた。

 なんでも その男は その日の夜、発表会かなにかでピアノを披露するんだとか、、
 つまり 「リハーサルを兼ね、先生にご教授願いたい」 と申し出てきた・・いや、

 しゃしゃり出てきたのである!

 普通に考えたら、の話、、 一応プロであらせられる先生の演奏のあとに
 そのような身勝手な行動は慎むべきである、、というか、考えもつかない。


 ・・が、 この男、、遠慮するような素振りはどこにも無い、
 どうやら そのような神経は持ち合わせていないのだ。

  そう、、、 弾く気なのだ、 完全に。  ピアノを。。

 見た目からは  とてもピアノを弾くような人間には見えない。

 痩せ型のメガネ、 とりあえず昔は銀行マンといったイメージか。
 もう けっこういい歳だろう、 あまりに突飛な行動も含め
 「オッサン」 ってよりも 「ジジイ」 という響きが あてはまる気がした。
 でも ジジイの中では若く見える方、、とも言える。


 「え〜、それでは、 素人の演奏で恐縮ですが、、、」
 などとボソボソ喋りながらもお辞儀し、 これから弾く曲名を口にする。


    一瞬 耳を疑った。

 「英雄ポロネーズ」 と言うのだ。


 〜英雄ポロネーズ〜  かのショパンが書いた名曲。
 ピアノをやってる誰もが憧れ、そして挫折に追い込まれる確率が
 最も高いのではないかと思われる大曲。
 派手な演奏効果、及び 高い演奏技術から 人気も高く、
 名実ともに ショパンの最高傑作のひとつ。

 勿論 技術的に言えば もっと難しい曲は沢山あるのだが、
 コレほど有名で、 聴衆の中での好みの演奏が分かれる楽曲も そう無い。
 ある意味 世界で一番 弾くのが難しい曲と言っても過言ではないと思う。
  

 それを 今から弾くと言うのだ。  あの無礼なオッサンが!


  会場には 不思議な空気が流れ始めた。



          ※ 


 窓から見える庭には まだ明るく日がさしていた。
 木がかすかに揺れるのは見えるが 風の音は聞こえない。

 たどたどしい動きで 華奢なオッサンはピアノの前に落ち着いた。

 先ほど講義してくださった先生は 笑顔でその後ろに立っている。

 一瞬シーンと 現場の空気が張り詰めるのを そこにいる人間は共有した。

 それは演奏が始まるという緊張感、
 「英雄〜」を弾くという、期待感がそうさせたのだ。
 
 世界の歴代ピアニストにはホロヴィッツや ルービンシュタインのような
 驚異的な演奏をする じーさんも存在している。。


  このオッサン、、もしや、、
   

  演奏は始まった。




   ・・・・・・・・・・・?!!!  ヒドイ、、 これはいったい??!

 いきなり音は外すし、 テンポはスローの中でも更にスロー。
 リズムといった類の存在はなく、 およそ音楽には聴こえない。
 あまりの遅さと 拍の不明瞭さに呆然唖然。

 下手にも程があるが、 あまりに下手すぎる。

 この下手さ、、 ワザと弾けるレベルではない。 
 ただ単に 「下手くそ」 なのだ。

 宇宙空間を感じさせる、、などという意図は当然のごとく あるはずも無い。

 ある意味 期待通りの演奏に 場内の緊張感は一瞬にしてとかれる。
 どこか ホッとしている自分もそこにいた。

 かろうじて聴き取れる あの有名なメロディが 更に間抜けな空気を生んでいる。

 これが あの勇ましい英雄ポロネーズの調べだろうか?
 「チューリップ」や「蝶々」などといった楽曲の方がよっぽど さまになっただろうに。

 不快感しか与えぬであろう その演奏は だんだん腹立たしくもあった。
 どこか危険なニオイすらする。

 ただ、 のらりくらり間違えつつも 確実に打鍵していくのは 見事といえば見事。 
 譜面はなく、 どうやら完全に暗譜しているようだ。

 その時 一抹の不安が頭をよぎった。

 「いったい、、コレ、いつ終わるんだろう??」

 英雄ポロネーズは短い曲ではない。 大曲にあたるのだ。
 そう、 このオッサンの演奏でいくと 20分はゆうにかかってしまう。

 ただ、 その演奏レベルの低さが この時は私に安心感を与えていた。

 英雄ポロネーズには曲中 中間部に 「ここぞ!」 といった有名な見せ場がある。

 左手のユニゾンオクターヴ高速奏法とでも言おうか、 「ダカダカダカダカ♪」 と奏でる
 「これぞ英雄ポロネーズ!!」 といった力強い超絶フレーズが存在するのだ。

 しかし、ソコソコの腕、 というか「持久力」がないと 上級者でも困難な箇所である。
 ゆえに ピアノキッズはソコに憧れ、 そして もろくも散ってゆくという難所だ。

   そう、 このオッサンの演奏レベルでは 到底 弾けるフレーズでは無い。

   会場にも どことなく 「そろそろ終わるだろう。」 という空気が流れているように 感じた。

 そもそも メインである先生の講義の後である、、
 仮に弾けたとしても そろそろ止めるのが礼儀ってものだろう。


 ・・・・ 甘かった。
   

  始まってしまったのだ。。 英雄ボロ、、 いやポロネーズの名フレーズが、、



 「 ダ・・・・・カ・・・・・・ダ・・・・・・・・カ・・・・・・・・ダ・・・・・・カ・・・ダ・・・・カ・・・・・ ♪」(泣)


 まさか、、  そんな!? 弾いちゃダメだ〜!

 しかしオッサンは止まらない。
  
 いや もう 誰にも止められない。。 ここまで来てしまったら。

 会場全体が 彼の「今にも綱から落ちそうなピアノ演奏」に釘付けなのである。
 いや、正確に言えば、「もう既に 綱から落ちてしまったピアノ演奏」であるのだが。

 まともに弾けてはいない。
 こんなのは断じて英雄ポロネーズではない。。
 しかし、、、
 
 何で? 何で そこまでして。。
 なにが 彼をそこまで、、、

 腹立たしさは 徐々に感動に変わりつつあった。


 このオッサン、、、 ただ単に ピアノが好きなのだ。。
 英雄ポロネーズが弾きたかったのだ、、 何がなんでも。。

 
 実は 私、 このオッサンを過去に知っていた。


          ※



 その昔、 私がまだ小学生だった頃、
 まだサロンになる前の この場所で 音楽好きの集う、発表会が催された。

 決してレベルが高いとは言えぬ、どこか社交界じみた発表会であったが
 大人の中に交わり まぁソコソコ弾ける宮川兄弟も出演した。

 子供ながらに 「あのおっちゃん下手だなぁ。。」 と思っていた。
  
 忘れもしない、 その時も バイエルレベルの曲すらまともに弾けず
 お粗末な演奏をし、 微笑ましい空気を提供していたのが あのオッサンだ。
  
 兄の弾くピアノを見ながら 「いいなぁ、、そんなに指が動いたらなぁ、、。」
 と指をくわえてたのが あのオッサンなのだ!

 あの下手な おっちゃんだったオッサンが、、  今 目の前で「英雄〜」を弾いている。
 
 あまりの変わり様と 変わらな過ぎる部分が 複雑に絡み合っていて可笑しい。

 あれから何年たとうか、、 信じられん。 
 その後 彼が 英雄ポロネーズを弾くなんて、 思ってもみなんだ。

 本当にピアノが好きなんだと痛感させられた。
 あの調子じゃ きっと ず〜〜〜〜っと 練習してたのだろう。


 そう 冒頭の 「世界一の演奏」 というのは 「世界一ヘタな演奏」だったのだ。
 なぜそう言いきれるのか、、 答えは簡単である。 なぜなら普通、

 ○ 英雄ポロネーズは下手では弾けないのである。

 ○ 英雄ポロネーズは下手なら弾かないのである。

 つまりは あのオッサン、、 常軌を逸している。

 己の能力を多少なりとも把握しているのならば、
 「英雄ポロネーズ」には 決して手をつけないはずなのだ。
 楽譜を見て「この曲は、難しいから自分には弾けない。」 となるはずなのだ。
 どう考えても、誰が見ても、 弾けるレベルじゃないのだ。
 
 もはや理屈ではない。


 とにもかくにも 演奏はノロノロと亀のごとく続き、
 それでも確実に 英雄の歩んだ道を押さえ、
 そして、 どこにも盛り上がりは見せぬまま、
 とても英雄ポロネーズとは思えぬ グニャっとした終わりを迎えた。


 ・・・やりやがった!    まさかとは思ったが、、 このオッサン   全部弾きやがった!!

 その刹那、 場内は拍手喝さい!   もう完全に彼の独壇場である。



 私も 数々の演奏を目の当たりにしてきたが、
 これほど、 下手な演奏は聴いたことがなかった。

 ただ同時に、、

 これほど胸に残る演奏も聴いたことがなかった、、悔しいことに。

 
 実は普段はメチャクチャ上手くて、 裏の世界では「神」とか呼ばれてて
 たまに表の世界に現れては ワザと下手に弾いて我々をからかってるとか、、

 などと、楽しい想像はつきない。。
 
 そう、 私は 結局あのオッサンの演奏に魅せられたのだ。


   あんなに下手なのに、、最悪な演奏なのに、、 結果、完全に惹きつけられた。 
 
   そこでは彼こそが 英雄だった。


 オッサンは照れくさそうに 客の方を見ておじぎをした。

 場内は温かい空気に包まれた。


          ※


 まだ外は明るかった。 
 来た時より、 帰り道は幾分 人が多く出てるように感じた。 

 あきれるほど長く 不屈な演奏の感動は 家に帰ってもなお冷めやらず
 その後、 頻繁に宮川家の話題にのぼることになる。

 結局 あのオッサンは  ピアノの先生から 

 「背筋を伸ばして弾きましょう。」 と言われていた。 

 見事な指導だ。 それ以外にあり得ん。

 良い所を探す方が難しいくらいなのだから。


 それにしても、、

 「ピアノが好き」、「英雄〜が弾きたい」 という念だけで、人間あそこまで出来るものなのか。

 英雄ポロネーズという響きを聴いただけで、 必ずあのオッサンを思い出してしまうほどだ。
 私にとってどれだけ強烈な演奏だったか、 想像に難しくないだろう。  
  & あんなに下手なのに、 あんなに不器用なのに、、
 どんなピアニストが弾く英雄ポロネーズよりも熱く自分の胸に残った。

 ヒトの心を動かすような演奏は プロの演奏家でも困難な仕事なのに、
 ましてや ヒトの胸に永遠に残す演奏など、 そうそうお目にかかれない。

 どんなに 完璧に弾きこなせたとしてもだ。

 それを あのケッタイなオッサンが 「結果的には」やってのけたのだ。

 音楽をエンターテインメントとして考えた場合、これって一番大事な部分である。
 結局のところ 聴衆者の心をどれだけ動かせるかが勝負の世界なのだから。
 
 ヒトの心を捉える音楽というのは なにも完璧な演奏だけではない。
 不完全だからこそ美しいという感覚は 誰しも必ずもっているものだ。

 勿論、 プロはあんな演奏してはイカン。絶対に。

 しかし彼は 下手なりの生き方、 自分なりの音楽の在り方 で見事に表現し、
 努力の美しさ、 音楽の自由な可能性を 私に見せつけたのだ。

 そう、 彼はまさに 長年の想いを音にして表現した。
 それがピアノ演奏から滲み出ているのが なんとも素晴らしいじゃないか。

 なんたって 彼は超真剣なのだ、 狙ってやっていない。 必死なんだもの。
 そこがなんとも 笑えるし、 どこか腹立たしく、 感動なのだ。


 なにか 大切なことをあの演奏から学んだ。  そんな気がした。


 醜いほど頑張る姿は 人の心には優しく、 そして美しい。

 
 今日も何処かで あのお粗末な演奏を振りまいているコトだろう。。

 背筋をのばして。


                           〜 完 〜